岐阜県で長らく、看護師や施設の管理者、現場の人たちへの教育など、医療・介護の専門職として歩んできた、平野真弓さん。
専門職としての確かなキャリアを持つ平野さんですが、実の両親の在宅介護に直面したときには、多くの葛藤があったと言います。
今回、両親の介護やこれまでの経歴を振り返りながら、介護のリアルと、その先に見えてきた、「ケアの本質」についてお話を伺いました。
専門職としての経験が通じない、家族介護で見えた「素の私」。

長年、介護現場やグループホームの運営に携わってきた平野さん。
ある時、脳梗塞の後遺症で言葉に障害のある母親と、耳が遠くなってしまった父親の二人と暮らすことになった。
平野さんは、自宅での両親のケアについて、どのサービスを使い、どう手助けすれば生活が成り立つかは頭で理解できていた。だが現実は、もっと大変なものだった。
「当時は余裕なんて全くありませんでした。
家の中では言語障害のある母と、耳の遠い父で会話が噛み合わず、喧嘩をいつも私の前でやっている。
私の静かな生活がかき乱されていると感じて、
親に対してイライラして強く当たってしまう日々でした」
介護の現場では「専門職としての鎧」があるから優しくできても、自分の親を前にするとそうはいかない。
「娘としての関係性や歴史がもろに出てしまうので、そのままの『素の娘』になってしまうんです。
こうすればうまくいくというやり方は頭で分かっているのに、実際は思い通りにいかない」
「ご飯を一緒のテーブルで食べるのもしんどくて、自分の部屋で一人で食べることもあった。そんな自分に自己嫌悪に陥ることも多かったです。
専門職であっても、家族の介護ではまったく歯が立たない。
それくらい、身内をケアするというのは特別な難しさがあります」
長年、ケアの現場を生きてきた平野さんですら、思い通りにはいかない。自宅で家族を介護する現実が、そこにはあった。
距離を置いてから整理がついた、一緒に暮らせた1年間の価値。

そんな日々は、突然終わりを迎える。
母親が自宅で倒れて救急搬送され、そのまま帰らぬ人となった。妻を見送った父親は元の自宅に戻り、一年と経たずして、後を追うように旅立った。
「介護の真っ最中は本当に無我夢中でした。
介護が終わって生活が変わり、ちょっと距離が置けるようになってから、ようやく自分の中で『家族介護ってこういうもんなんだな』と整理がついていきました」
イライラしてぶつかり合った日々。でも今、平野さんの心に残るのは温かな感謝の気持ちだ。
「今振り返ると、あの一年間は私にとって非常に貴重で、良かったなと思える時間でした。
もっと優しくすればよかったと思いながらも、お互い同じ空間で『おはよう』『おやすみ』を言い合い、
時には一緒に出かけたり、ご飯を食べるといった時間が持てた。
今ではあの時間にすごく感謝しています」
ポジティブな自分が、ネガティブな自分を小脇に抱えながら前に進む、そんなバランスを持つことが大事

平野さんは、自らの介護体験や現場での経験を通じて、「ネガティブな感情を否定しないこと」を大切にしている。
「家族の介護をしている人や介護現場で働いている人は、『役に立ちたい』『笑顔になってほしい』という想いを持っている。
でも、現実は過酷で辛いこともたくさんあります。
そのとき『イライラしてはいけない』と自分のネガティブな感情を抑え込もうとしたり、隠そうとしたりする人が多いのですが、それは良くないなと思うんです」
ネガティブな感情を抑え込もうとするほど、見えない場所での不適切なケアや暴言、相手を人として見ない対応に繋がってしまうと、平野さんはこれまでの経験から、そう感じている。
「自分の中にある『毒』や『泥』のようなネガティブな感情や考えも認めることはすごく大事です。
イライラする自分をなかったことにせず、『ああ、今すごくイライラしているな、こういう考え方をする自分がいるな』と、まずは自分で受け止める。
ポジティブな自分が、ネガティブな自分を小脇に抱えながら前に進む、そんなバランスを持つことが大事。
そのバランス感覚がすごく大切だと思います」
だからこそ、介護で悩んでいる人から相談を受けたとき、平野さんは「こうした方がいい」という正しさを伝えることはしない。
「正論をぶつけても響かないんですよ。
それよりも『大変だったね、そんなことがあったんだね』と、ただ聞いて、相手の『毒』や『泥』を吐き出せる場をつくってあげること。
選択肢を提示されても、一歩踏み出して選択するまでにはすごく時間がかかるし、パワーもいります。
焦らずに、ただ話を聞いて相手の心が少し軽くなるのを待つ。それだけで、救われる部分がたくさんあると思います」
『相手を思いやる、ちいさな循環』で、ほっとできる優しい場所になる。

平野さんは、日常でも、街で困っている人やベビーカーを押している人を見かけると、自然と目が留まり、そっと声をかけたくなるそうだ。
「忙しそうに通り過ぎるのではなく、『大丈夫ですか?』と声をかける。断られたら『あ、大丈夫なんだな』と思えばいいんです」
何気ない、その言動をきっかけに、その空間に『相手を思いやる、ちいさな循環が始まっていく』と平野さんは表現する。それは介護の現場でも、何度も目にしてきた光景だった。
「例えば、ケアをするスタッフが車椅子の利用者さんと目線を合わせて、ゆっくり話を聞く。そうすると、周りの空気が変わって、忙しそうに動いていた他のスタッフも立ち止まって、その対話に入ってきたりする。ちいさな循環が、大きく広がっていくんです」

相手を思いやるちいさな循環は、地域でも、一人ひとりの強みや経験を生かした、支え合いに繋がっていく。
「私たちは完全な丸い球体ではなく、みんな凸凹した『いびつな球体』。だからこそ、自分の凹んでいる部分に、誰かの『凸(強みや経験)』を補完し合える。
お城の頑丈な『石垣』のように、いろんな形の石が噛み合うことで、お互いを補い合い、数珠つなぎのように支え合っていけるんです」
このようなちいさな循環は、決して無理をして生み出すものではない。
自分で自分を満たし、自分で自分を喜ばせて、上機嫌にさせておくこと。そこから自然と個性やその人の良さが溢れ出て、周りへの声かけのような、ちいさな循環が始まると平野さんは言う。
「街の中に温かい雰囲気を持つ人が増えていけば、地域はもっとほっとできる、優しい場所になっていくはず」
平野さんは、ちいさな循環を生みだすキッカケとなる、その温かな雰囲気を、自然と体現していた。
『いま、私は何をしてるの?』ケアする人が、立ち止まる大切さ。

最後に率直に聞いてみた。
「現在進行形で、介護が大変な人はどうすればいいのか?」
平野さんはその問いに対して、柔らかな笑顔で答えてくれた。
「介護の真っ只中にいるときは、考える余裕も、ゆとりもないから、自分のことが自分で分からなくなってしまう。
大変だし、忙しいのは分かる…だけど、毎日、心を引きちぎって自分で削っているようなもので、そのままではケアする側がやられてしまいます。
そのようなときは、少し立ち止まって自分を見つめること。
立ち止まって自分を見つめて、『いま、私は何をしてるの?』『どうしたいんだっけ?』と問いかける時間が必要です」
自宅で介護をしているとき、専門職である平野さんでも難しかった、「立ち止まって自分の状態を知る」という作業。大変だった経験を通り抜けてきた平野さんだからこそ、その言葉には深い重みがあった。
ケアする人が、一度立ち止まること。
自分の気持ちを知り、それがネガティブなものであったとしても、その気持ちに対して、目線を合わせてゆっくりと聞いてくれる。
そして、大変な状況を補ってくれる存在。
そのような温かな循環を、少しずつ生み出していきたいという、平野さんの柔らかな語りの奥から、静かな熱意が伝わってきた。
平野真弓さん
MAYUMI OFFICE 代表。看護師、国家資格キャリアコンサルタント、主任介護支援専門員。 医療・介護現場で30年以上の実績を持ち、グループホーム所長を19年間務めるなど、累計1万件を超える相談支援に携わる。「上機嫌に活きる」を理念に、現在は対人支援職の育成や職場改善、ケアする人のキャリア支援・研修講師として幅広く活動中。
[ ➔ MAYUMI OFFICE Webサイト ]
取材後記
ケアする人の頭の中を、時にネガティブな感情や考えが覆いつくしてしまうことがあります。
そんな状態を望む人は決していないと思うけれども、平野さんの話から、
『その経験こそが、いつか自分にとっても他者にとっても、生かされる価値になる』と、勇気づけられた感覚がありました。
もちろん、そこでケアする側が一人で抱え込んで潰れてしまったら意味がない。だからこそ、誰かに補ってもらったり、ただただ話を聴いてもらったり。
そんな支え合いが、シンプルかつ、当たり前にできる環境が、地域の中にもっと気軽にあるといいなと、改めて感じた有意義な時間となりました。

